児童虐待には、身体的虐待・心理的虐待・性的虐待・ネグレクトの4種類が含まれますが、最も予防や介入が難しいと言われているのが「ネグレクト」です。育児放棄とも言われますが、子どもの身体的なニーズ(衣食住だけでなく、抱っこなどの身体的接触など)や心理的なニーズ(愛される・見守ってもらえるなど)が、故意にしろ、故意ではないにしろ、満たされていない状態が生じるのがネグレクトです。そのような養育行動はどこから生まれるのでしょうか?
2024年10月7日に高崎健康福祉大学の下川 哲昭教授にお越しいただき、ノックアウトマウス(Knock out:KO)を使った動物実験から、ホルモンと養育行動の関係について詳しくお話していただきました。
1. CIN85ノックアウトマウスで認めた育児放棄の行動
下川先生は最初に、CIN85という蛋白質の欠損させたKOマウスを観察すると、①過活動・多動傾向と②育児放棄(子ネズミを全くケアしない)という行動がみられることを発見しました。
遺伝子の影響なのか、生まれる前の環境(胎内環境)の影響なのか?という疑問にぶつかり、下川先生は「受精卵の交換移植」という方法に挑戦します。
<図1>
CIN85遺伝子のKOマウスの受精卵を健康なマウス(Wild type:WT)の卵管内に、WTマウスの受精卵をKOマウスの卵管内に移植したら、どういう結果になるでしょうか?
(祖母が)WTマウスの受精卵→KOマウス(母)の胎内で育った子どもは大人になった時に育児行動をせず、(祖母が)KOマウスの受精卵→WTマウス(母)の胎内で育った子どもは大人になった時に、養育行動をする、ということが確認されました。
つまり、遺伝子(受精卵)が決めるのではなく、それぞれが育った胎内環境が関係するのではないか、ということを発見します。
2. 胎内環境に影響を与えるプロラクチン
では、胎内で何がおこっているのでしょうか?
下川先生の研究グループは、CIN85-KOマウスは、ドーパミンが多く、血清中の「プロラクチン」が少ないことに気づきます。
妊娠後半にプロラクチンホルモンは増えるので、そのタイミングで、KOマウスの体内にプロラクチンを注射して増やしてみました。
すると、その子どもが大人になった時、WTマウスの子どもが大人になった時と同様に、養育行動をすることが認められたのです!
<図2>
つまり、遺伝子で全てが決まるのではなく、妊娠後半でのプロラクチン濃度が高い環境で育つこと、がその子が大人になった時の養育行動にとても重要、ということがわかりました。
3. 愛情ホルモンと言われるオキシトシン
ネグレクトにさらに関心を寄せた下川先生の研究グループは、愛情ホルモンと言われる「オキシトシン」に着目をします。
オキシトシンは内分泌ホルモンであるにもかかわらず、母乳に含まれて外分泌になるという、非常に貴重な働きをもつホルモンです。
オキシトシンが低いミルクを与えると、その子どもが養育行動をしなくなることをマウスで確認されました。さらに、オキシトシンが脳の下垂体からだけではなく、乳腺細胞からも産出されている可能性を発見します。
しかし本当に脳で分泌されたオキシトシンが、母乳成分のオキシトシンと一致しているのか、母乳から飲んだオキシトシンがどう育児行動に関係するのかについて、実はまだあまりわかっていません。今後の研究が待たれるところです。
まとめ
以上の講演内容を聞いて、親のネグレクト行動が生まれる前の胎内環境から影響を受けていることや、内分泌が外分泌になることの意義やその影響の可能性について、大いに議論が盛り上がりました。
今後、このような生物学的な研究と社会医学的な研究が融合し、サイエンスからわかったことを現場の支援に役立てていくような橋渡しにつながっていくことが期待されます。
下川先生、貴重なご講演をありがとうございました。
<図1>
[image: スクリーンショット 2024-10-15 12.57.01.png]
<図2>
[image: スクリーンショット 2024-10-15 12.58.04.png]