12th wellbeing lounge : CLIMATE CHANGE AND HEALTH 第12回ウェルビーイングラウンジ「気候変動はなぜ、どのように健康に影響するのか?」
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東京科学大学 大岡山キャンパス 三島ホール(ELSI-1)
2025年5月14日(水) 16:00
日時:2025年5月14日(水) 16:00
場所:東京科学大学 大岡山キャンパス 三島ホール(ELSI-1)
2025年5月14日に、世界屈指の公衆衛生学府であるジョンズ・ホプキンス大学よりブライアン・シュワルツ教授をお招きし、「Climate Change and Health」と題して第12回ウェルビーイングラウンジを開催しました。現地・オンライン併せて130名以上の方にご参加いただき、活発な議論が繰り広げられました。
シュワルツ教授は、環境疫学分野の国際的権威であり、これまでに300本を超える論文を発表し、その研究は20,000回以上引用されています。臨床医学、疫学、環境科学の知見を融合させながら、気候変動やエネルギー問題が人々の健康にどのような影響を及ぼすかについて研究してこられました。
講演では、ご自身の研究成果に加えて、世界保健機関などのレポートや学術書を含む膨大な資料をもとに、多角的な視点から気候変動に関連する課題を詳細に解説してくださいました。

講演の冒頭では、気候変動が人為的な活動によって引き起こされていること、そしてそれが他の環境問題(たとえば生物多様性の喪失や成層圏オゾン層の破壊)とも密接に結びついていることが強調されました。気候システムの変化は単に環境だけでなく、人々の健康に直接的・間接的な影響を与えており、今後1.5℃未満の気温上昇を実現するためには、迅速かつ協調的な行動が不可欠であると語られました。

次に、気候変動が人々の健康に及ぼす影響について詳細に解説がなされました。
1. 気温に関連する死亡・疾病
気温の上昇により、特に高温環境下での熱中症や心血管系・呼吸器系・腎疾患の悪化が顕著になっています。高齢者や基礎疾患を持つ人々は特にリスクが高く、死亡率が増加する傾向が報告されています。
2. 大気汚染
気候変動に伴う気温の上昇は、地表レベルのオゾン濃度の増加を引き起こし、喘息やアレルギー疾患の悪化を招きます。また、干ばつや気温上昇によって増加する森林火災は、PM2.5などの大気汚染物質を大量に放出し、呼吸器疾患のリスクを高めています。こうした大気質の悪化は、特に小児や高齢者、呼吸器疾患患者にとって深刻な問題です。
3. 異常気象の影響
暴風雨や洪水などの異常気象が増加し、それによる人的被害、インフラ破壊、避難生活による健康被害が深刻化しています。こうしたインフラ破壊は、医療・水道・電力などの基本的なサービスの提供を阻害し、特に医療アクセスが制限された高リスク集団に影響を与えます。
4. 媒介動物による感染症
気温と湿度の変化により、マダニや蚊といった病原体の媒介動物の生息域が拡大しています。その結果、デング熱、ジカ熱、ライム病、西ナイル熱などの感染症が、これまでよりも広い地域で見られるようになっており、新興感染症への備えも求められています。
5. 水関連疾患
豪雨や洪水、インフラの劣化により、上下水道の処理能力が追いつかなくなり、水由来の感染症(下痢症、レジオネラ症、コレラなど)のリスクが高まります。特に極端な大雨が原因で、水源に汚染物質が流れ込む事例が増加しており、飲料水の安全性が問われています。
6. 食品の安全、栄養、供給
気候変動により農作物の収穫量が減少し、食料の栄養価が低下する傾向が指摘されています。流通の寸断による食品アクセスの不均衡も問題です。
7. メンタルヘルス
気候災害や生活基盤の喪失は、ストレス、うつ病、不安障害、PTSDなどの精神的影響をもたらします。
8. 特に強い影響を受けることが懸念される集団
健康被害は社会的に一様ではなく、社会経済的にぜい弱な人々ほど深刻な影響を受けます。具体的には、低所得層、少数民族、子ども、高齢者、障害者、慢性疾患を持つ人々などが該当し、こうした人々に対する公衆衛生学的取り組みが必要です。

さらに講演では、干ばつ、海面上昇、極端な高温などの環境変化が人々の生活基盤そのものを脅かし、環境要因による移住者の増加につながることについても言及されました。国連難民高等弁務官事務所によれば、2008年から2016年の間に、年間平均2,150万人が、台風、洪水、干ばつなどの激しい気象によって強制的に移住を余儀なくされたと報告されています。これらは戦争や迫害による従来の難民とは異なり、「気候難民」と呼ばれる人々です。さらに、シンクタンク「Institute for Economics and Peace」による2020年の報告書では、2050年までに最大12億人が気候変動によって居住地を追われる可能性があると推計されています。これは、世界人口の10人に1人が、住み慣れた土地を離れざるを得なくなる未来を意味しており、地球規模での人口移動や社会不安、資源を巡る対立の深刻化が懸念されています。現在の国際法では、「気候難民」に対する法的保護は明確に定義されていません。今後、国際社会には、気候変動による強制移住を正式な難民問題として認識し、保護と支援の制度設計を進めることが求められています。

講演の後半では、緩和策(炭素排出量を削減する)と適応策(気候変化に対して自然生態系や社会・経済システムを調整することにより気候変動の悪影響を軽減する)の両面からのアプローチが強調されました。たとえば、炭素排出量の削減と同時に、医療システム自体の気候変動への対応力(レジリエンス)を高める必要があると述べられ、世界各国で進行中の政策例や研究の取り組みが紹介されました。

講演後には、大学院生や教員を中心とした多くの参加者から活発な質問が寄せられました。特に、気候変動に対する社会の対応をめぐって、昨今のアメリカの政治状況や政策の現実について具体的な意見交換がなされ、政治的意思決定の重要性が繰り返し強調されました。科学的な知見に基づいた行動を促すためには、政策との連動が不可欠であるという視点が印象的でした。

また、講演終了後には、参加者間の自由な交流を目的とした懇親会も開かれ、専門や立場を超えて意見を交わす有意義な場となりました。