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第14回ウェルビーイングラウンジ “Mental health care in the real-world: challenges and research-based solutions”

第14回ウェルビーイングラウンジ “Mental health care in the real-world: challenges and research-based solutions”

東京科学大学 湯島キャンパス M&Dタワー4階 アクティブラーニング室

2025年7月14日 16:00~18:00

カナダ・ウェスタン大学のShehzad Ali先生をお招きし、第14回ウェルビーイングラウンジを開催しました。

Ali先生は、公衆衛生経済学のカナダ・リサーチチェアおよび研究担当副学部長であり、医学とヘルスエコノミクスの両方において博士号をお持ちです。公平性を重視した医療資源配分や、ランダム化試験を用いた医療介入の評価に取り組み、その研究成果はカナダや国際的な政策に影響を与えています。本講演では、精神疾患ケアにおける現実的な課題と、それに対応するための経済学的・科学的アプローチについて、実証研究を交えて紹介されました。

まず、医療資源に限りがある中で、「何に、どれだけ投資すべきか」という問いに対して、QALY(質調整生存年)を指標とした経済モデル活用が重要であると述べられました。

次に、英国のIAPT(Improving Access to Psychological Therapie, 心理療法アクセス改善プログラム)における実践と課題について、Ali先生が実施した研究結果に基づき、以下のような点が紹介されました。

課題1:治療中断と個人要因の影響

IAPTでは、精神疾患の患者に対して、低強度の介入(グループセッション)から開始し、必要に応じて高強度治療(精神科医による個別の治療)へ移行する「ステップケアモデル」が採用されています。しかし、グループセッションの治療継続率は低く、また治療効果の分散の約55%は患者自身の要因によって説明されるとされ、治療者の技量だけでは限界があることが明らかになりました。

課題2:個別化(Stratified)ケアの必要性

すべての患者にステップケアが有効であるとは限らず、失業中、非白人、若年層、治療開始時のPHQスコアが高いなどのケースでは、初めから高強度の治療が有効である可能性が指摘されています。

実際に、Ali先生の研究チームが実施したランダム化比較試験では、Stratified care群のほうがより高い臨床改善率を示しました。コストはやや増加したものの、費用対効果の面でも良好であり、個別化治療の有用性が示唆されました。

課題3:動的調整の欠如とフィードバック技術の導入

従来の治療モデルでは、治療の効果が見られていない場合でも、対応が遅れがちでした。これに対し、セッションごとのフィードバックを活用して治療方針を柔軟に調整する仕組みが効果的とされています。

これに関連して行われたRCTでは、「治療が順調に進んでいない患者(Not on track)」に対し、アルゴリズムによって治療者向けフィードバックを導入した群のほうが、うつや不安の症状が有意に改善することが示されました。

課題4:回復後の高い再発率

回復後、3分の2の患者が24か月以内に再発すると報告されており、継続的な支援体制の重要性が強調されました。短期的な回復だけでなく、長期的な維持・予防に向けた支援の構築が今後の課題です。 このような日本ではなかなか聞くことのできないご講演の後には、活発なディスカッションが行われました。話題は、イギリスやカナダと日本の精神医療の違い、グループセッションにおける治療継続率の低さとその背景、継続率を高めるための工夫、さらには高い再発率の要因など、多岐にわたりました。