第16回ウェルビーイングラウンジ
場所:東京科学大学 湯島キャンパス M&Dタワー4階 アクティブラーニング室
日時:2025年11月10日 14:00-16:00
第16回ウェルビーイングラウンジでは、ハーバード大学のIchiro Kawachi先生をお招きし、「健康の社会的決定要因」をテーマにご講演いただきました。
Kawachi先生は、社会疫学という学問分野を確立し、健康の社会的決定要因の研究で世界をリードしてこられました。今回は、医療分野に限らず多様なバックグラウンドを持つ参加者に向けて、ウェルビーイングに関わる幅広い社会的要因について、基礎から社会実装までを日本語で特別にご講演いただきました。

講演の内容として、まず2025年6月にWHO(世界保健機関)が、社会的なつながりの危機について警告を発したレポートをご紹介いただきました。世界ではおよそ6人に1人が孤独を感じており、高齢者の3人に1人が社会的孤立状態にあるとのことです。その背景要因には、リモートワークやAIの普及といった現代のテクノロジーの進展により、他者との関わりが減少していることが指摘されました。
健康を支える要素として「栄養」と「身体活動」が重視されてきましたが、Kawachi先生は社会的決定要因の影響について、いくつかの研究をご紹介いただきました。例えば、食事時に同席者がいるか、婚姻しているか、スポーツをするときに一人で行うのかグループで行うのか、などで効果が大きく異なるようです。さらにその効果は、男女で明確に違うことが多いとのことでした。
次に、「ソーシャルキャピタル」についてお話しいただきました。
ソーシャルキャピタルとは、ネットワークや社会構造への参加を通じて得られるようになる資源、と定義されています。ソーシャルキャピタルが高い地域では、健康を促進することが知られています。
また、ソーシャルキャピタルは平常時には目立たないものの、災害時の回復能力(レジリエンス)に大きな影響を与えると報告されています。
東日本大震災の前後で調査を行うことができた岩沼プロジェクトでは、ソーシャルキャピタルが高い地域に住んでいた人はPTSDの発症が低いことが示されました。また、被災者が仮設住居に入居する際に、元々の地域住民を近隣に配置した場合は、住民の社会参加が多くなる(ソーシャルキャピタルが維持・増強される)という結果も得られています。
政策的には、今まで災害対策としては、防波堤の建設や耐震基準などのハード面に焦点を当ててきましたが、ソーシャルキャピタルの維持や増強などのソフト面にも同様の注意を払う必要があるという、今後の災害時への重要な提言をされました。

次に、社会的なつながりを促進するための国家戦略をまとめていただきました。社会的なつながりが重要な健康の決定要因になることは多くの研究で示されましたが、では、実際にどのような政策を行えば良いのか、世界中で議論されています。
1.地域社会の社会インフラの強化
社会インフラとは、3Ps-Programs(ボランティア団体等), Policies(公共交通機関), Physical elements(公園、図書館、コミュニティセンター等)で構成されています。
どのような社会インフラが橋渡し型ソーシャルキャピタル(社会階級や人種の隔たりを埋める社会的なつながり)を増進させるかという研究があります。公園や遊び場は所得格差を超えた交流を促進する傾向があるという研究をご紹介いただきました。
2.ヘルスケア部門を動員する
イギリスの国民健康保険サービスにも組み込まれた社会的処方(Social Prescribing)という概念をご紹介いただきました。医療専門家が患者の健康とウェルビーイングを改善するために、患者に非医療的な処方としてコミュニティでのサポートを紹介する取り組みが行われています。
3.デジタルメディアを活用する
ソーシャルメディアは人々のつながりを促進し幸福感が高まる一方で、依存症やうつ病、誤った情報の拡散といったリスクも伴います。ある研究では、1ヶ月間のFacebookの利用制限したグループでは、生活満足度の向上やうつ病・不安の大幅な改善が見られたと報告されています。ソーシャルメディアはパンデミック中の高齢者や社会から疎外されたグループなど、人々を結びつけるという点で利点をもたらしますが、ソーシャルメディア業界全体のリスク管理と安全基準の整備が必要であると提言されました。
質疑応答の時間では会場・オンライン双方から多くの質問が寄せられ、活発なディスカッションが行われました。
今回の講演はフロアが約50名、オンラインで250名を超える方にご参加いただけました。
